大津地方裁判所 昭和34年(つ)1号 判決 1959年9月02日
被疑者 関安喜 外一名
決 定
(請求人・被疑者の氏名略)
右請求人の請求にかかる刑事訴訟法第二六二条による審判請求事件について、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件請求を棄却する。
理由
第一、本件請求の趣旨
(一) 請求人は、昭和三四年二月一三日、被疑者関安喜、同宮田茂両名に左記の犯罪事実があるとして、大津地方検察庁検察官に告発したところ、同庁検察官島岡寛三が主となつてこの捜査にあたり、その結果、同年五月六日付でいずれもこれを不起訴処分に付し、請求人に於て翌七日、その旨の通知を受けたが、この処分に不服であるから、右事件を大津地方裁判所の審判に付することを求めて本件請求に及んだというものである。
(二) 審判請求事件の犯罪事実
被疑者関安喜、同宮田茂はいずれも法務事務官であつて関安喜は、昭和三三年三月一六日から、滋賀刑務所長として、同刑務所の職員を指揮監督して全般の事務を掌理しているもの、宮田茂は、同三〇年七月三一日から、同刑務所管理部長として、同刑務所長の指揮を受けて受刑者の看守等の事務を掌理しているものであるが、共謀のうえ、同三三年五月一〇日から同年六月一一日までの間、同刑務所内に於て、受刑者である内田毅に対し、逃走、暴行若しくは自殺の虞もないのに、昼夜同人の両手を後に廻して戒具たる革手錠を使用し苛虐に拘禁し、もつて同人に対し陵虐の行為を為したものである。
第二、当裁判所の判断
(一) 本件記録によれば、請求人が、昭和三四年二月一三日、被疑者関安喜、同宮田茂に前記犯罪事実ありとして、大津地方検察庁検察官に告発したところ、同庁検察官島岡寛三に於て、同年五月六日、犯罪の嫌疑なしとしてこれを不起訴処分に付し、同月七日、請求人はその旨の通知を受けたので、同月九日当裁判所宛の本件審判請求書を同検察官に差し出し、同月一二日、同庁検察官より当裁判所に、本件請求は理由がない旨の意見書を添えて一件不起訴記録と共に送付のあつたことが明らかである。
(二) 請求の理由の有無に対する判断
1、本件記録及び昭和三四年検第三四五号・三四六号特別公務員暴行陵虐被疑事件記録によると次の事実が認められる。
(1) 被疑者関安喜、同宮田茂両名は共に法務事務官であつて、前者は昭和三三年三月一六日から滋賀刑務所長として同刑務所の職員を指揮監督しその管理運営等全般の事務を掌理しているもの、後者は同三〇年七月三一日から同刑務所管理部長として同刑務所長の指揮下に受刑者の看守等の事務を掌理しているものであること。
(2) 同刑務所の受刑者内田毅が、同三三年五月一〇日午後四時から同月二八日午後三時まで両手をうしろに廻して革手錠を使用され、その後引続いて同年六月一一日午後二時まで両手を前に廻して革手錠を使用されたこと、及び同人は右全期間を通じて、食事及び用便にあつても、施錠を一時はずすとかバンドをゆるめるとかの措置を図つてもらえなかつたこと。
(3) 右内田に対する革手錠の使用は、被疑者関安喜が、被疑者宮田茂等と共に謀つたうえで、所長として命令したものであること。
2、言うまでもなく受刑者に対する戒具の使用は法定の事由のある場合にのみ許されるところである。(監獄法第一九条、同法施行規則第四八条四九条五〇条参照)
ところで、戒具を使用することは、それが被使用者に多大の肉体的精神的な苦痛を強制するものである性質上、右法定事由の有無の判断は恣意的であつてはならないと共に、使用目的に応じた相当の戒具によつて、しかもその目的を達するための必要最少の限度に於てのみ許されるべきものであり、いやしくも法定の事由以外の目的に戒具を使用したり、必要以上の期間その使用を続けたり、その他客観的に不必要と認められる苦痛を被使用者に与えることは、厳に禁じられているものと解しなくてはならないのであつて、昭和三二年一月二六日付矯正甲第六五号法務省矯正局長通牒も、全く右の趣旨を体したものと言うべきであろう。従つて受刑者の看守を職務の一内容とする刑務所長或いは刑務所の管理部長等に於て仮りに故意に右の戒具使用の要件を逸脱して戒具を使用し受刑者に対し、その目的にてらして必要以上の苦痛を与えた事実があるとすれば単に行政上の責任が問題となるにとどまらず、それが刑法第一九五条第二項に該当する犯罪となることは、ほとんど言うをまたないことである。
3、さて、本件において被疑者関安喜、同宮田茂両名は、受刑者である内田毅に対し陵虐の行為をなしたとの点を各否認して「同人に対する革手錠の使用は、その全使用期間を通じ、同人に自殺の虞があつたためこれを防止する目的でなしたものである」「同人の食事や用便の時には、保安課長以下の現場の担当者に於て具体的に判断したうえ臨機に施錠を一時はずすなりゆるめるなりの措置をとつて用を弁ぜしめているものと信じていた」旨極力弁疎するので、以下この点について判断をすすめる。
(1) 滋賀刑務所作成にかかる内田毅の受刑者分類調査表によれば、同人は内攻的な性格の小心者であり自暴自棄的な行為にでやすい傾向があると診断されており、これは同人の生活歴犯歴にも顕著にうかがわれるところである。してみれば、同人が些細な動機から比良農場出役中逃走した際に、刑務所側が同人の自殺の可能性を考慮に入れて捜索したということも、まことにもつともな措置であつたと肯けるのであるし、そのような性格の同人が逮捕された時、その顔面は蒼白に硬直し、目が吊りあがつて昂奮状態にあつた(被疑者関安喜、同宮田茂の各受命裁判官に対する供述調書並びに証人香取敬一、陵木昇道の各尋問調書によりこれを認める)ことから関、宮田両名に於て内田に自殺の虞が大きいと判断し、これを防止するため同人の両手をうしろに廻して革手錠を使用したについては、なんら違法にわたる点はなかつたと言うべきである。
(2) 然しながら、関、宮田両名が弁疎するように右内田に対する革手錠の全使用期間約一か月の長期にわたつて、同人に自殺の虞があつたということ(その間、自殺の虞がやゝ薄らいだとして両手後手錠から両手前手錠にかわりはしたものの)は証人内田毅の尋問調書の供述内容を無視するとしても、経験則上、ただちにそのまゝ肯定しがたいところであるが当裁判所の受命裁判官による証人調の結果は、右弁疎に沿う趣旨の多くの供述があつたに反し、内田に自殺の虞が消失したのちにもなお、革手錠の使用を継続したという積極的な証拠は全くない以上、この弁疎も又にわかにはこれを斥け得ないのである。
(3) さて、前記矯正局長通牒二の(一)の4(1)(2)によると、手錠被使用者の食事時用便時には、一時施錠をはずすなり、これができない場合には可能な限り革手錠のバンドをゆるめるなり片手の施錠をはずすなり両手を前にするなりの措置をとるべきものとされている。
思うに、用便の後始末もできず食事に際しては犬猫のような姿態を余儀なくさせること(証人内田毅の尋問調書による)が、日常の不自由さもさりながら、被使用者の人格名誉に対する極めて重大な侵害となり、これによつて肉体的にはもとより、むしろ精神的により大きい苦痛を強制するものであることを考え合わせるなら、右の通牒は当然の事理を注意的に指摘したに過ぎず、食事用便時の右の如き措置は一片の通牒の有無に不拘、且つは当局の受刑者に対する単なる恩恵というにとどまらず、当然に必要なる措置とされているものと言うべく、何等の必要もないのに故意にこれらの措置にでないという事があれば、それはまさに被使用者に対し不必要の苦痛を与えたものとして違法な苛虐の行為として評価されるべきものである。ところで既に述べたように、証人香取敬一、酒井一二吉、桐山豊三郎、桐本安正等の各尋問調書によると、内田毅は約一か月の被使用期間を通じ終始、食事用便時にも施錠はそのまゝであつたことが明らかである。言うまでもなく、食事用便に要する時間は極く短時間のことであり、その間一時的に施錠をはずすとかゆるめるとかしたとしても、看視を厳重にする等の策を講じさえすれば、通常の場合は自殺なり逃走なりは防げるものと考えられ、特段の事情のない限りは此のような措置は当然とるべきものであると共に、又とり得べきものでもある。
それでは内田の場合に、施錠の一時的解除をも許されない程に大きい自殺の虞れが一か月も続いたであろうか。施錠を始めた当初の数日はとにかくとして、このようなことは経験則からも絶対に考えられないことであり、関係証人の尋問調書によつても、内田について施錠の一時的解除すら不可能とする特段の事情があつたとは認められず、此のことは関、宮田両名すらも暗に自認するところである。即ち此の限りに於て内田は理由なく苦痛を負わされ陵虐の行為を受けたものと断ずべきである。ところが、関、宮田両名は既述の如くこの点の認識=犯意を否認するものであつて、その根拠として、「食事用便時の手錠の一時的解除はこれを一々所長或いは管理部長の命令指示をまたず保安課長以下の現場の担当者が具体的に判断したうえで措置をとるというのが、各刑務所の実際の運営方法であり、従つて滋賀刑務所に於ても、当然他刑務所同様に現場に於て然るべく処置しているものと信じ、此の点特にあらためて指示したり報告を求めたことはなかつた」旨主張する。一方、滋賀刑務所の当時の保安課長以下現場の直接身柄担当者は、受命裁判官の証人調に於て、これに反して「一時的施錠の解除といえども所長の命令なくしてはできないものである」と一致して供述している事実もあり、関、宮田両名の右主張は、そのまゝこれを採用する訳ではないが、当裁判所の、名古屋、千葉、秋田、栃木、静岡各刑務所(これらは関或いは宮田が各勤務したことのある刑務所である)並びに法務省矯正局、大阪矯正管区に対する照会の回答によると、おゝむね、施錠の食事用便時の一時解除等の措置は、保安課長以下の現場身柄担当者に於て処置しているのが従来からの各刑務所の運営の実情の如くであり、従つて、関、宮田両名が、従来の勤務経験から、滋賀刑務所に於ても同様の運営が為されていると信じたとの弁疎はこれをただちに排斥するを得ないものである。果して然らば、関、宮田両名に於て同刑務所の実態について正しい認識を欠き、その結果内田毅に対し陵虐の行為が行われるにいたつたについて、両名に重大な過失ありとし、その行政的或は道義的責任を云々するのは別として、過失による暴行陵虐の行為を罰する規定がなく、且つ又、右の如き弁疎を覆えし両名に於て陵虐行為の認識ありとしてその犯意を認定すべき証拠のない以上、関、宮田両名は、右事件について、すくなくとも刑事責任を問われるべき理由は無いものと言わなくてはならない。
(三) 結論
以上、るる説示したように、内田毅に対する戒具(革手錠)の使用は、被疑者関安喜、同宮田茂両名の職権乱用による陵虐の行為であることは証拠上これを認めがたいので、本件に関し検察官のなした不起訴処分は正当と言うべく、結局本件請求はその理由なきに帰するものである。
よつて刑事訴訟法第二六六条第一号により、主文のとおり決定する。
(裁判官 江島孝 佐古田英郎 柴田孝夫)